僕はどこに行っても僕であるということ
こんにちは、Tomです。
今日はイギリスに来てから強く感じていることについてシェアさせて頂きたいと思います。
同じ様に悩まれてる方に参考にしていただけたらなと思います!
「全然悩みなんてない」って方も見てくださいね(笑)
・心配性な自分
僕すごく心配性なんです。
基本的に大雑把なんですが、細かいところでナーバスになります。
例えばイギリスに来る前、最後に日本で髪を切って行くことは決めていたんですが、髪型にすごく悩みました。
「別に心配性とかじゃなくね?」なんて思われるかもしれませんが、この悩みが外部的な要因からだったんですね。
自分の、「この髪型にしようかなー」「カラーは何色がいいかな」なんて悩みならいいんですが、違いました。
僕の場合、「前髪長かったら内向的って思われるかな」とか「やっぱり黒髪じゃないとおかしいかな」などなど。
これは髪を例にしてますが、このような細かい悩みがたくさんありました。
外国で暮らすことや、外国人の中で生きるということで悩むことはなかったんですが・・・
こんなことで悩んでいたんですね。
・彼らから
もう少しでこっちに来てから2ヶ月が経とうとしています。
語学学校では多国籍な中で過ごし、街に出れば僕が外国人な状況で前述した通りの心配性なので、2,3週間の間は悩みが増えるばかりでした。
でも気付いたんです。
学校の友達もヨーロッパ人というだけで、現地の人から見れば紛れもない外国人です。
僕より年下の子なんてのもたくさんいました。
でも、彼らはどこか堂々としているんです!
そこにいるのが当たり前であるかの様に。
・僕はどこに行っても僕であるということ
彼らに気付かされました。
自分はどこに行っても自分でいいんだな!って。
海外に溶け込もうとするあまり自分のスタイルを変えちゃうなんてすごく馬鹿げたことだったなと。
誰かに気に入ってもらうために自分を変える必要はなくて、ありのままの自分を好いてもらう、好いてくれるような仲間を見つければいいんだと。
自分はどう変わろうとしても、アジア人であり、日本人であり、自分のまま!
むしろそれは誇りに思ってもいいことなんじゃないかなって。
もちろん海外で生活しているので、文化の違いを学ぶ・理解はしなければなりませんし、そのための海外生活ですからね!
ただ、自分からも日本人ってこうなんだよってことを発信してもいい、していきたいなんて最近は思えるようになりました。
僕が日本人ということで、僕と接する海外の人は僕がそのまま日本人の印象になっちゃうので、そのぶん責任もありますけどね!
ここまで自分の思いを書き散らしてみました。
この価値観もまた変わっていくのかなーなんて楽しみです(笑)
もし、似たようなことで悩まれている方がいたら大丈夫だよって背中を押せるような記事であったらなと思います。
大丈夫だよ!!!!!!
それではまた!!
Tom